大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和40年(う)570号 判決 1966年2月28日

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件公訴事実は、「被告人らは、いずれも、所轄警察署長の許可を受けないのに、昭和三七年五月四日午前八時頃から同八時三五分頃までの間、東京都千代田区有楽町二丁目一三番地国鉄京浜線有楽町駅中央日比谷口前の交通のひんぱんな道路において、日本共産党千代田区委員会野坂、岩間事務所発行の『全国遊説第一声国会報告大演説会』と題する印刷物及び『戦争準備をいそぐアメリカの核実験をただちに中止せよ』と題する印刷物をそれぞれ通行人に交付したものである」というのであつて、これに対する適条として検察官は道路交通法第七七条第一項第四号第一一九条第一項第一二号東京都道路交通規則第一四条第八号を挙げたのに対し、原判決は、「被告人らが、それぞれ、右日時場所において、通行人に対し右題名の印刷物を交付したこと、被告人らがいずれも右交付行為につき事前に所轄警察署長の許可を受けていないことが認められ、さらに、当該場所は、国電有楽町駅中央日比谷口前とそごう百貨店との間の歩車道の区別のない幅員一一・三米の道路であつて、右日時場所における交通の状況は、同駅に電車が停車するつど降車した相当数の通勤者が日比谷方面に向つて同道路を横断して通行し去り、次の電車が到着するまでの数分は人の交通が閑散になるという状態が繰り返されるほか、通勤者以外の一般歩行者及び自動車の通行は極めて少ない状況であり、また、右中央日比谷口は同駅の主要出入口ではないので通常国電主要駅の出入口付近にみられるような乗降者による混雑は全くみられないことが認められるが、その交通の状況を総合し他の一般道路との比較において観察すると、同所は社会通念上いわゆる『交通のひんぱんな道路』に該当するというべきであつて、一応右公訴にかかる外形事実を認定し得るということができ、それは一見東京都道路交通規則第一四条第八号に掲げる行為に該当するかのようである」としたが、他方、「法第七七条第一項第四号の規定の内容に徴して明らかなように、法は公安委員会において道路または交通の状況によつて危険の防止、交通の安全または円滑のため必要と認めるものをすべて要許可事項として規制し得るとしたのでなく、さらに当該行為が社会通念上一般的にみて祭礼行事のようにその行為自体において一般交通に著しい影響を及ぼすような性質内容をもつ類型のものであるか、またはロケーシヨンのように道路に人が集まる状態を招いて一般交通に著しい影響を及ぼすような性質内容をもつ類型のもの、換言すれば、行為の性質上一般交通に著しい影響を及ぼすことが通常予測し得られる行為類型に属すると認められるもので、それが祭礼行事やロケーシヨン、更には法第七七条第一項第一号ないし第三号に規定する行為に匹敵するものにその範囲を限定して委任したものであることが明らかなのであるから、そもそも、公安委員会が右委任に基いて規則に定めるべき要許可事項に、右類型に該当しないものまでをも含ましめることは、右委任の範囲を超えるものとして許されないというべきである。ところで、……『物の交付』ということの概念は甚だ包括的であつてそれ自体からは定型的に一般交通に対する影響の程度を判然と考えることが困難であつて、それが多数集団によつてなされる等の場合においてあるいは一般交通に著しい影響を及ぼすとみられる場合があるとしても、その態様方法のいかんを問わずすべて一般交通に著しい影響を及ぼす性質内容をもつているということはできない。そこで……規則にいう『物の交付』とは、それに限定を加え、社会通念上一般にその態様方法からみて法の掲げている前示要件(類型)を充しているものと認められる範囲内の物の交付行為をいうのであつて、右の類型に当らない行為までをも含ましめているものではないというべきであり、従つて規則の右条項部分はこれを『交通のひんぱんな道路において』、『一般交通に著しい影響を及ぼすような形態若しくは方法により物を交付すること』というように態様上の限定を加えて解すべきものである。……ところで、規則にいう『物の交付』を前述したような限定を付して解釈すべきであることを前提とすると、一人または少数のものが、人の通行の状況に応じその妨害を避けるためいつでも移動し得る状態において、通行人に印刷物を交付する行為のようなものは、その態様方法において社会通念上一般に一般交通に著しい影響を及ぼす行為類型に該当するものとはいい難いところである。……『交通のひんぱんな道路』という文言を人及び車馬の雑踏する、あるいはそれに近い交通のひんぱん度の高い道路というように解するのであればともかく、交通のひんぱんな道路であるとはいうものの、通常の、いいかえれば、本件において認定した程度の交通の状況にある道路を含むものと解するかぎりは、法の前示行為類型に該らないとして挙げた右態様、方法による印刷物の交付行為は、やはり一般交通に著しい影響を及ぼす行為類型に該るものとはいい難い。以上の説示を前提とすれば、被告人らの本件印刷物の交付行為は、その態様、方法に照らし一般交通に著しい影響を及ぼす程度の類型に該る行為とはいい難く、結局前記法規による要許可事項に該当するものではないというべきである。」とし、被告人らの本件所為はいずれも罪とならないものであるとして被告人らに対し無罪の言渡をした。

これに対し、検察官の控訴趣意は、原判決が、法第七七条第一項第四号により公安委員会において要許可事項として規制し得るのは、当該行為が社会通念上一般的にみて祭礼行事のようにその行為自体において一般交通に著しい影響を及ぼすような性質内容をもつ類型のものであるか、またはロケーシヨンのように道路に人が集まる状態を招いて一般交通に著しい影響を及ぼすような性質内容をもつ類型のもの、換言すれば、行為の性質上一般交通に著しい影響を及ぼすことが通常予測し得られる行為類型に属すると認められるものでなければならないと判示した点については、同意見であることを認めながらも、祭礼行事やロケーシヨンは、社会通念上類型的にはその行為により一般交通に著しい影響を及ぼすことが通常予測し得られるもの、すなわち、一般交通に著しい影響を及ぼすような行為に当ると考えるが、その程度は具体的事案によつて相違があつてその規模、態様、方法及び行われる土地の道路又は交通の状況等により交通妨害の程度は千差万別であり、必ずしも交通妨害の程度の高度なもののみを例示したものとみることはできない(祭礼行事は道路使用行為の例示であり、ロケーシヨンは必ずしも道路を直接使用しなくとも道路に人が集まるような状態を招く行為の例示であることは法文上明らかである)、要するに、法第七七条第一項第四号が公安委員会に委任した範囲は、法第七六条及びその趣旨によつて絶対的禁止行為とすべきものを除き、一般交通に著しい影響を及ぼすような行為全般にわたるものと理解し得るのであつて、その程度の特に高度なものに限定されているというべきものではなく、又公安委員会が要許可事項として規定し得る行為は、通常一般交通に著しい影響を及ぼすおそれのある行為であれば足り、常に必ず一般交通に著しい影響を及ぼす行為にかぎられるものではないことは同条第二項第一号第二号等の規定の存することからしても容易にうかがわれるところであるとして、交通ひんぱんな道路において物を交付する行為は、抽象的に一般交通に著しい影響を及ぼす行為であるとともに、法が公安委員会に要許可事項として規制することを委任した範囲内の行為である(規則第一四条第八号にいう「物の交付」の行為は、個々の具体的な場合や瞬間を取り上げれば、もちろん一般交通に著しい影響を及ぼさないこともあろう。しかしその方法、態様のいかんにより、また交付物品の性質によつては著しい影響を及ぼすのであり、おそらくそれが通常の場合であろう。しかも、規則第一条第一四号ないし第七号がすべて単に「道路において」と規定しているにもかかわらず、同条第八号、第九号が「交通ひんぱんな道路云々」と規定しているが、これは、第八号、第九号に規定する各行為は抽象的には一般交通に著しい影響を及ぼす行為とはいい得ても、具体的に交通閑散な場所で行われる場合には第一号ないし第七号に列挙する各行為ほど交通妨害になることもないので、特に「交通のひんぱんな道路云云」と規定したものと解せられるのである。規則第一四条第八号がこのような限定をした以上、原判決がいうような「一般交通に著しい影響を及ぼすような形態若しくは方法により」との限定をさらに加えることは無意味であるばかりでなく、かえつて無用の混乱を惹起する危険さえある。)と主張し、なお、本件の具体的内容は、原判決にいう「一人また少数のものが、人の通行の状況に応じその妨害を避けるためいつでも移動し得る状態において、通行人に印刷物を交付する行為のようなもの」ではあるが、なおかつ、現に相当の交通妨害の結果を発生せしめたことが認められるとして証拠を引いてこれを説明したうえ、右の状況からするならば、本件においては、被告人らの行為は、現に一般交通に著しい影響を及ぼしたものとはいえないとしても、これより交通量が若干増加するなどの条件が加われば、一般交通に著しい影響を及ぼす結果が発生することは十分に認められるところであり、原判決のいうこの種の行為が「一般交通に著しい影響を及ぼすような行為」であることを十分に例証しているものと認められるのであるとし、これを要するに、原判決は道路交通法第七七条第一項第四号ならびに東京都道路交通規則第一四条第八号の解釈を誤り、その誤りが判決に影響を及ぼしていることが明らかであるというのである。

よつて判断するに、道路交通法(以下単に法という)第七七条第一項第四号により公安委員会が定めることを委任されている行為の範囲は、法自体において明示するところの、一般交通に著しい影響を及ぼすような通行の形態若しくは方法により道路を使用する行為又は道路に人が集まり一般交通に著しい影響を及ぼすような行為であることを前提とするものであることは、法文上疑をいれる余地がないばかりでなく、道路使用の許可に関し規定した旧道路交通取締法第二六条が「左の各号の一に該当する者は命令の定めるところにより警察署長の許可を受けなければならない」としその第四号において「道路において公安委員会の定める行為をしようとする者」と規定して右法条に基づき公安委員会が定めることのできる行為の範囲を法自体で何ら限定していなかつたのに対しこれを現行法のように改正するにいたつた立法の沿革に徴しても明らかであるから、法第七七条第一項第四号の規定により公安委員会が定めた行為であつても、一般にそれが法にいわゆる一般交通に著しい影響を及ぼすような行為に該当すると解することができなければ、法定の要許可行為とならないことはいうまでもない。そして、ここに一般交通に著しい影響を及ぼすような行為とは、検察官所論のとおり、必ずしも現に一般交通に著しい影響を及ぼす行為に限るものではなく、一般交通に著しい影響を及ぼすことが通常予測し得られる行為、換言すればその意味で一般交通に著しい影響を及ぼすおそれのある行為であれば足りると解すべきことは、法第七七条第二項第一号第二号の規定の存することからしてもうかがわれるところであるけれども、その「一般交通に著しい影響を及ぼす」ということが意味する一般交通に与える支障の程度については、法が例示する「祭礼行事」や「ロケーシヨン」の概念から一般に連想されるところの内容にかんがみ、又法第七六条において道路において禁止行為として掲げるものの多くが、道路においてそのようなことをする行為自体において不当視されるものか若しくは社会的に無用行為と見られるもの等であるのに反し、法第七七条の定める道路の使用に関する要許可行為の中には、その道路における行為自体が公益上若しくは社会の慣習上有意義であると考えられるものあるいは個人の表現の自由、生活上の権利に関するもの等も含まれるので、これと道路における危険の防止ないし交通の安全と円滑を図る必要とを調和させその妥当な限界を画するため、とくに「一般交通に著しい影響を及ぼすような行為」でなければならないという条件が置かれたものと考えるときは、それ(前述の「一般交通に著しい影響を及ぼす」ということが意味する一般交通に与える支障の程度)は相当高度のものを指すと解さなければならない。ところで、法第七七条第一項第四号の規定に基づき制定された東京都道路交通規則(以下単に規則という)第一四条がその第八号に掲げるところの「交通のひんぱんな道路において、……物を……交付すること。」の場合について考えるに、検察官は「交通ひんぱんな道路において物を交付する行為は、抽象的に一般交通に著しい影響を及ぼす行為であるとともに、法が公安委員会に要許可事項として規制することを委任した範囲内の行為である」と主張するけれども、原判決のいうように、単なる「物を交付すること」という概念は甚だ広汎かつ包括的であつて、たとえそれが社会通念上いわゆる「交通のひんぱんな道路において」なされるという場合であつても、その交付の規模、態様等を度外視してそれ自体から一般的に一般交通に対する影響の程度を判然と考えることは困難であるから、祭礼行事やロケーシヨンの場合等と異り、規則に定めた前掲行為から一概に、それが前述の意味での一般交通に著しい影響を及ぼすことが通常予測し得られるもの、換言すれば法にいわゆる一般交通に著しい影響を及ぼすような行為であるとは即断し難いのであつて、原判示の通り、それが多数集団によつてなされる等の事例においてあるいは一般交通に著しい影響を及ぼすことがあるとみられる場合が考えられるとしても、当該交通状況のほかその規模、態様等方法のいかんを問うことなく、すべて一般交通に著しい影響を及ぼすおそれがあるということはできない。しかし、それだからといつて、規則の定めた前掲規定をもつて直ちに法の委任の範囲を超えた無効のものであると断じ去るのは必ずしも妥当ではなく、法の委任の趣旨に照らし法第七七条第一項第四号の規定との関連において考えると、むしろ、原判決のいうように、公安委員会は「一般交通に著しい影響を及ぼすような方法により」物を交付する場合に限る趣旨において前掲規定を設けたものと解すべきであるとするのは決して不当ではない。ところで、原判決の掲げる証拠によれば、原判示のように、被告人らが本件印刷物を交付した場所は国鉄有楽町駅中央日比谷口とそごう百貨店との間の歩車道の区別のない幅員一一・三米の道路であつて、右印刷物を交付した日時における同所の交通状況は、朝の出勤時に際し、同駅に電車が停車するつど降車した客の一部相当数の通勤者が日比谷方面に向つて同道路を横断して通行し去り、次の電車が到着するまでの数分は人の交通が閑散になるという状態が繰り返されるほか、通勤者以外の一般歩行者及び自動車の通行は多少あるに過ぎない程度であることが認められ、同所が社会通念上いわゆる交通のひんぱんな道路に該当することは原判決の認定する通りであるとしても、右証拠により認められる被告人らの本件印刷物交付の規模、態様等その方法の具体的内容を見ると、被告人らは、前記有楽町駅中央日比谷口前とそごう百貨店との間の道路にほか二名の女性と通行者を間にはさむようにして二列に向い合つてほぼ固定した位置で立並び、手にしたビラ(本件印刷物)を、通行者が来るのを待つて、前を通ればそのまま、後を通れば後を向いて、ときには接近して行つて手渡す、いらないという人に無理に持つて行けということはない、もらう人はちよつと立止まる格好になるから後から来る人が若干歩調をゆるめる、いらない人は出されたビラにさわらないように身体を左右に向けて通り過ぎる、又道路の方向に進む通行人は被告人らが立つているところを避けて通つたとか、自動車が一時停車し若しくは左に寄つて進行していつたものがあるとかいうのであつて、これを前述の同所における当時の交通状況に照らして考えると、被告人らの本件印刷物の交付が、一般交通にある程度の影響を及ぼしたことはこれを否定できないにしても、前述の意味での一般交通に著しい影響を及ぼすおそれがあつたとは認め難く、他に右認定を左右すべき信ずるに足る証拠はない(原判決が、「一人または少数のものが、人の通行の状況に応じその妨害を避けるためいつでも移動し得る状態において、通行人に印刷物を交付する行為のようなものは、その態様、方法において、社会通念上一般に、一般交通に著しい影響を及ぼす行為類型に該当するものとはいい難い」とし、これを前提として被告人らの本件印刷物の交付行為はその態様、方法に照らし右行為類型に当らないとしたのも、結局同旨に出たものとして理解することができる。なお、検察官は、本件印刷物交付の具体的内容が原判示の通りであることを認めながら、証拠により現に相当の交通妨害の結果を発生せしめたことが認められるとし、右の状況からするならば、本件において被告人らの行為は現に一般交通に著しい影響を及ぼしたものとはいえないとしても、これより交通量が若干増加するなどの条件が加われば、一般交通に著しい影響を及ぼす結果が発生することは十分に認められると主張するけれども、前認定の本件印刷物交付の方法ならびに同所における当時の交通状況にかんがみ、一般交通に著しい影響を及ぼすことが通常予測し得られるほどの条件が達成される状況にあつたとは証拠上これを認めることはできない。)。してみれば、被告人らの本件印刷物の交付は法第七七条第一項第四号所定の要許可行為に該当するものとはいえない。したがつて被告人らの本件所為はいずれも罪とならないものとして被告人らに無罪の言渡をした原判決には、何ら所論の法令の解釈を誤つた違法は認められず、本件控訴は理由がないから、刑事訴訟法第三九六条により主文の通り判決する。(足立進 栗本一夫 浅野豊秀)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例